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やりたいこと覚え書き その2

アニメ批評本でいくつか。
・魔法少女リリカルなのは(無印) OP徹底解説
・新房昭之という演出家、その変遷

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2015.07.26 | Comments(0) | Trackback(0) | 覚え書きいろいろ

ブログ再始動

今後やりたいことの覚書
これらはブログ記事で、よりは実際に同人誌として
刊行したい。

①アニメ批評本
【仮タイトル一覧】
・京アニとはなんだろうか――僕らの京都アニメーションと
・アニメとらドラ!の違和感
・アニメーションとアダルトゲームと関係(インタビュー数名を希望)
・「新・同棲時代」を語る 1992年のオーパーツ
・まどか☆マギカ再考
・谷口悟朗と群像劇
・ゼロ年代の「もっとアニメを観よう」ゼロ年代を変えた10選
・2010年代の「もっとアニメを観よう」
・私家版「もっとアニメを観よう」

②電子工作
・ビデオトランスミッターの製作・レポート作成

③電子工作関連本
【仮タイトル一覧】
・電子回路本100選
・高周波入門本

④小説
・ライトノベル
 ファンタジーもの1本、シリーズ化可
 世界観設定中
・純文学
 私小説系1本
・大衆文学?
 分野もの2本

⑤その他
J・さいろーを語りつくす本

2015.07.26 | Comments(0) | Trackback(0) | 覚え書きいろいろ

俺妹8話感想

率直な印象としては脚本は面白いのに演出がイマイチな感じ。
良くも悪くもアニメ制作側に寄りすぎ。個人的には黒猫の心情をもっと汲んであげてほしかった。
ただこの改変の時点で黒猫の嫉妬心を描くのは難易度高くなってるのはわかる。ただゲストキャラでしかない脚本家の葛藤を追うよりは黒猫の葛藤をもっと見たかった、というのが原作ファンとしての感想。


細かいネタについて。

最初のソードアートオンラインのパロディから笑った。てかやっぱ描いたの本人か!w
フェイトさんOPからネタバレ!?とか思ったら話から違うしw てか「謎の女子中学生」てフェイトさんの案なのか…企画頓挫して空いたスタジオに無理やり企画ねじ込む手腕とか見てもアニメのフェイトさんはかなりやり手の編集者だなー。そして手をひらひらする仕草可愛い。
バックに流されてるのが噂のAICオリジナルの没?企画か…色々いたたまれない気持ちになる。しかしなんでカフェでアニメ流してるのかと思ったらメイド喫茶が『ジャスティーン』フェアやってるのか。店員さんコスプレしてる。
「かっこいい…」て初めてデレる黒猫がとても可愛いのだけれど、ここで微笑んじゃってるし原作黒猫の複雑な心情は脚本から突っ込んだ描写は避ける予定だったんかなあ。
スタッフの名刺。名字の頭と名前のお尻に漢数字が。それも左から1234となってる。
没った企画、監督と脚本家だけ残ってキャラデは降りたんだ…
制作側の端にいる2人はプロデューサーだと思うけど、どちらが製作Pで制作Pなんだろ。
全話のプロット書いてくる、キャラデザ等スタッフやキャストの候補を出す、内容や売り方のアイデアを出す……全てどこかで聞いたことある話w
まああれを会議の初っぱなからやれば引かれるのは当然だろうけど、でもバクマンの「スタジオの収録中に来た声優を原作者権限で降板させ連れ出す」の方がずっとヒドいだと思う。
「監督さんて『もえシス』やってましたよね!?」で監督のする微妙な表情がとても気になる。「『もえシス』はあまり気乗りしない作品だったけど好きだっていってくれる人がいるなら作ったかいはあるかな」とかそんな妄想したり。
向かって右側の人が制作Pぽいな。
「読まさせていただきます」って日本語変じゃね?
5ヶ月後放映てスケジュール無さ過ぎw 5ヶ月後に7月てことは2月か。マフラーもショールも無いのに違和感感じるのは俺が北国にいるからか。
帰宅した桐乃がドアにぶつかる辺り。桐乃脚長っ!原作の徹夜連続の描写が無いから、体調崩すのが少し唐突気味。しかしジャスティーンみたい…
そしてここに来て真打ちキムタカさん登場!しかし今更気付いたけど全部本当に原作で使ってた妹ゲーのタイトルだw

いつにも増してイラつく京介。自分から動くことが初めてなこともあるせいか「俺がなんとかしてやんなきゃならないんだろ!?」って驕りを少し感じる。
会議2回目。
ユーザーって言葉を使うしやっぱ左側が製作Pか。「判断は監督に任せます」て事なかれ主義な感じが笑えるけど、実際の発言力は難しいんだろうなあ。
「それ言っちゃいけない」この視聴者向けフォロー入れてるのはさすが。そしてその後もこのPは渋い表情してる。
この製作Pはわりと若い人なのかな。脚本家のポジショントークに疑問も抱かず頷くあたり見ると。
「自分なりにアイデアは出したつもりですが、お気に召さないのなら降ろして貰って結構です」どこかで聞いたことあるセリフだわ…「偉そうなコト言ってるけど、つまりは発想が貧困だから自分の得意分野に引き込もうとしてるだけじゃない」ははははは。
妹都市はどれだけ売れたんだろ。数万部くらい?
女子中学生原作アニメの会議で女子中学生に言い負かされるアニメスタッフの図。あのダメダメな原作フェイトさん1人だとまだ普通に読めるけど、あそこまで来るとホント情けない感じがするなw

語り出す京介のアップの口元、特に唇の描き方が気になった。ちょっと電脳コイルぽい。
黒猫の最後の「うらやましい」っていいな。好きって気持ち以前に「お兄ちゃんっていいな」て気持ちがあるんだろうな。お姉ちゃんだし。
ラストの桐乃、爪の色ピンクだな。クリスマスデートのときもピンクだったし、やっぱ勝負カラーなのかな?最後の人生相談だし。
ジャスティーン観るために三回目。ようやく足立慎吾さんらがクレジットされていた「劇中イラスト」らしきものを制作スタジオに入るシーンで発見。何が描いてあるのかほとんど判らないけど。

2010.12.15 | Comments(0) | Trackback(0) | 覚え書きいろいろ

日本の経済成長率

自民は景気が回復した後、消費税の増税を含めた税制改革を行うと主張しているが、その景気が回復したかどうかの判断は経済成長率が2%になることだそうだ。

《にっぽんの争点:財源》消費増税か 予算見直しか

それが達成できるのかなと思ってネットで検索してみたんだけども

経済成長率の推移―社会実情データ実録より


そもそも経済成長率自体これだけ下がってることに驚いた。好景気だったという2004年あたりでも2%しかないのか…中国に追い抜かれてるってもの納得できる。

中国の実質経済成長率(GDP成長率)推移

そして去年の成長率ってこんなに低かったということに、今更ながら戦後最大の不況というのは嘘ではなかったんだと思い知らされた。

2009.08.19 | Comments(0) | Trackback(0) | 覚え書きいろいろ

ケータイ小説とプロットデータベース

「ゼロ年代の批評」のこれから──宇野常寛さんロングインタビューCommentsAdd Star―荻上式BLOGさんより


以下「荻上:」とあるのを除いて宇野氏の発言

>例えばライトノベルというのも文体はない。変わりにキャラクターが肥大しているわけです。ケータイ小説の場合は、肥大している要素はプロットなんです。



>逆に言えば、プロットしかない。ちょっと遠回りな話になりますが、オタクの人がなぜ空気が読めないかというと、東さんとか伊藤剛さんの話って究極的にはキャラクター理論なんですよ。キャラクターというのは設定がすべてで、「○○した」ではなく、「○○である」がすべて。トラウマを負っていて、何が好きで、どういう喋り方をしてと。そしてキャラクターというのはどんな物語に登場しても丹下左膳は丹下左膳、ハルヒはハルヒとして揺るがないんです。

>ところが実際の人間のコミュニケーションって、例えばキレンジャーはデブで陽気な人間がなりやすいというイメージが世間一般にありますが、デブで陽気な5人だけ、例えば伊集院光、内山君、ホンジャマカ石塚、松村邦弘くんとかの中に新しくデブで陽気なキャラを入れたら、誰が黄色になるかはわからないわけです。あるグループにいけば、クールで知的な青レンジャーかもしれない、あるグループにいけばリーダー気質の赤レンジャーになるかもしれない。

>でもこれって超常識で、いまさらいうようなことでもないですよね。でもオタクをオタクをたらしめている部分ってここだと僕は考えている。つまりオタクは、キャラクターが物語から独立して存在するということを、この3次元の世界でも信じている人たちなんです。だから彼らが浮くのは、自分の中で出来ているキャラクターを、あらゆる場面で通用させようとするから浮いてしまう。

>ケータイ小説って、逆に言えばキャラクターが存在し得ない空間なんです。

>荻上:キャラクターのデータベースの代わりに、プロットのデータベースがある。オタク文化とケータイ小説、そのある種の反応構造は近いものを感じているのだけれど、引き出されるものは大きく異なるのが面白い。

>ケータイ小説は人間の外側にあり、ライトノベルは人間のキャラクターにあると。で、今の時代にケータイ小説が強くなるのはしごく当然のことで、島宇宙化時代(注)には、キャラクターというのは棲み分け易いけれど通りづらい。


(注)島宇宙化時代というのは宮台真司が用いた言葉で、次のような意味らしい。

>消費ジャンルが細分化するにしたがって、人々の間に「どういう音楽を聴いていれば、どういう物語を解釈しているのか」に関する「共通知識」をアテにすることができなくなり、「単純に自分が聴いていて気持ちいいかどうか」という身体的な「快/不快」原則に従って消費を行うようになった

第24-3回【同期性考察編(7)】現代のメディア環境は、同期と非同期の「二層構造」である



今のオタクと呼ばれる人々がキャラクター理論で作品はおろか、作品の周囲や作者自身、そして現実までをも捉えがちで、それが空気を読めない、コミュニケーション不全の理由だというのは今更だけど、ケータイ小説を肥大化するプロットと見抜き、それをキャラクター理論で世界を見るオタクと対比させて「今の時代にケータイ小説が強くなるのはしごく当然」というのが面白い。

そういえば「Deep Love」も「恋空」も実話って設定だったよな。これは実際に起こった話です、という前提があるから、起こった出来事が積み重ねられる一方で登場人物の心理描写が希薄な、あたかもプロットのような文章が出来上がるのではないだろうか。現実に起こったことだから、実際登場人物たちがどういう風に考え、感じ、行動したのかは本人に聞いてみないとわからない、というわけだ。そうやって登場人物のアイデンティティーが薄まることで、読み手は自分の経験に一番合致する登場人物に感情移入する。それは友達の体験話を聞いて「自分だったらどうだったろう?」と考えるようなものだろう。ケータイ小説がフォークロア的と呼ばれる意味が今更ながら分かった気がする。

そういう面では2ちゃんねるのまとめサイトなどはケータイ小説的なプロットデーターベースの部分もあるし、一方でオタク的なキャラクター性重視の部分も強い。虚構と現実がないまぜになっている。今の2ちゃんねるにはリア充もオタクもいるし、はてなとかtwitterやってる人でも、少なくとも日本国内でネットやってる人間は2ちゃんねるを無視することができない。2ちゃんねるがこれだけ巨大な媒体と化したからこそ両極端な2つの方向性が一緒に存在できるんだと思う。でもそれって極当たり前な作劇のあり方なんじゃないの。

作品のストーリーや世界観には少なからず現実の体験や論理が反映されていて、そこで動く登場人物のドラマを描かれれば、それがどれだけ真に迫ったように感じられてもその登場人物は虚構のものであるはずなんだけど、ネットのもつ匿名性とデータベース性によってそれらの一方が極端に無視されても話が作れる、受け入れられる環境が成立することでキャラクターとプロットのデータベース化が容易になったことが、現在のキャラクター性を重要視するライトノベル、もしくはケータイ小説が生まれた原因ではないのか。キャラクター性に重きを置くのか作中で起こる現実に重きを置くのかは、作者を取り巻く環境に起因するというとつまらないけど、事実だろう。



ここで書いた現実というのはどちらかと言えば個々の日常生活の蓄積によるものという意味寄りで自分は使っているのだけど、本当は前に90年代と00年代で書いたような現実の経済事情や社会問題も本当は影響していて、それこそオタクもリア充も共に体験している時代性、共通認識で、2ちゃんねるとかで両者を繋ぐ認識って不況で暮らしが大変ってことぐらいじゃないか、とか思ったんだけどこの辺よくまとまらない。

2009.08.10 | Comments(0) | Trackback(0) | 覚え書きいろいろ

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