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wrapfig環境と改行

 TeXで文章を図に回り込ませたいときに使うwrapfig環境がうまく反映されないという相談を受けた。
色々試したところ、\end{wrapfigure}のあとに空白行を一行入れることで解決した。このままでは回り込む文章は字下げしてしまうが、それを防ぐには空白行のあと\noindentと書いて改行してから文章を書くことで解決した。


参考
http://mail2.nara-edu.ac.jp/~asait/latex/hyper/part2.htm
http://kmuto.jp/latex/node15.html



それと参考にしたページに全角の改行と半角の改行で挙動が変わると書いてあるのだが、誰かこれについて詳しく知ってる人はいないだろうか。これまで使ってた限りでは、そんな違いを意識したことないのだけど。

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2009.09.15 | Comments(0) | Trackback(0) | tex tips

∀ガンダムを観終わる

 夏の終わりからずっと観ていた∀ガンダムTV版をついに観終わる。登場人物たちの間に積み重ねられた歳月を感じさせてくれる素晴らしい作品だった。フランとジョゼフのカップルが大好きなので、49話でジョゼフが死ななくて本当に良かった。テレビ版を通してみればロランがソシエから離れディアナ様と過ごすのは納得がいくんだけど、別れのキスはさすがにソシエが可哀相だ。キエルにはハリーがいるのに。メシエにも月で出来たボーイフレンドができたみたいだからカップルが成立してないのはソシエだけなんて、そりゃ叫びたくなるよー。


 つい先日先輩方と衆議院選の結果について討論するときも思ったんだけど、判断基準を特定の思想でなく生活基盤から得るって発想はとても日本的だと思う。∀はまさにそういう話で、文明を興して国をまとめようとする思想、暴力によって人をまとめ上げようとする思想に対し、日々の生活を守るために人々が団結し立ち上がるというのは、古来より特定の宗教にそまらず、実益を第一に考えてあらゆる思想をつまみ食いしてきた日本らしいストーリーだ。最後ディアナのもとにかつての敵同士だったミリシャとディアナカウンターが一つになるのは革命とは違う。月光蝶という一方的な暴力に対して人々が立ち向かうのは今日生きるため、明日を生きるためであり、最終的に社会を特定のイデオロギーの影響下に置こうとする革命とは似て非なる行為だ。


常よりも数は少ないとはいえそれでも戦争、当たり前に人は死ぬ。無名のキャラクターなら尚更、きちんと放たれたミサイルは敵に当たり人が死ぬことが分かるように画作りがなされてることがSEEDや00に比べれば多いように感じた。ロランを始めとするパイロットも人を殺すことを自覚しているシーンが多いし、野戦病院まで出てくる。その中でも牧歌的雰囲気が最後まで失われていないのは、ここで描かれている戦争を包むものとして生活があるからだ。戦争するのは人であり、人は食べ物や住居や衣服、そして色恋が無ければ生きていくことができないのだ。


SEEDも00も戦争をどう描くかということを監督のインタビューでよく述べられていたが、富野ガンダムの本質はそこにはなかった。∀ガンダムで描かれているのはあくまで生活そのものであり、その内に戦争があるのだ。守るべき土地、守るべき人々というのは生活のなかから見出すのであって戦いの中で意識するものではない。日々の積み重ねは生活の積み重ねである。その積み重ねが作品を支え、作品を形作る。そうして生きている人々の感情のぶつけあい、それこそがドラマであり、私たちの心を震わせるエネルギーの源である。まさに長編アニメの醍醐味だ。


画作りに関しては、これだけの豪華スタッフを擁しながらここまでアニメーターを信用しないのか、と思わず笑ってしまうようなコンテが多かった。毎回の話は濃密だがその分各々のカットは必要最小限の秒数で抑えられており、その中で描きづらそうなカットが多かった。結構多めの話数に参加してたはずなのに最終話でようやく真っ当な分量が出てきた後藤サーカスなんか代表的だ。あれだけダブ回が多ければ仕方なくはあるけど。やはりキングゲイナーぐらい規格外のスタッフが集まってくれないとリミッターは外させてくれないのか。


ただメカ自体は非常に格好良かった。動きはそれほどでないことはヒゲガンダムがあのデザインでも格好良く見えたのはハイライトやBLカゲが多めに入れられてたせいではないかと思っている。Vの反省だろうか。一番好きなモビルスーツはゴールドスモー、ついでターンXだが、メカはどれも好き。


劇場版はどうしようかなー。すぐさま観たい気もするけど、しばらく余韻に浸りたい気もする。テレビ版は登場キャラクターが膨大な分終わり方が少し急ぎ足だったから、劇場のほうがゆったりとできるとは思うんだけど。

2009.09.15 | Comments(0) | Trackback(0) | アニメ・アニメーション

texでのダブルコーテーション

TeXでダブルコーテーション「“」「”」を使うときは「``」「''」のようにシングルコーテーションを二つ重ねて書く。シングルバックコーテーション「`」はShift+@キーで出せる。
もしShift+2で出る一文字のダブルコーテーションを使うと常に閉じる側の「"」しか出せず、文の先頭に使うのは都合が悪い。閉じる側はシングルコーテーションを重ねたときと形は変わらないように見えるのでどちらでも良いかもしれないが、いくつかの解説サイトを見た限りでは、シングルを重ねる方が一般的な気がする。

参考
http://ideas.paunix.org/latex/index.htm

2009.09.09 | Comments(0) | Trackback(0) | tex tips

細田作品の過剰な演出について

サマーウォーズの掘り下げない姿勢

侘助が車ボコボコにしながら戻ってくるシーンは、むしろ笑えるのか笑えるのか微妙な辺りがリアルを感じさせて好きなんだけどな。
現実に大切な人が死んだってそう簡単に大したことなんて言えず、格好なんてつかないけど、でも侘助も他のみんなも確かにおばあちゃんが亡くなったことで悲しんでて、そのドラマで話はきちんと繋がってく。

細田作品では、時をかける少女での自転車のブレーキが壊れた功介たちを追ってるときにコケて体中擦り剥けてる真琴の演出とか。基本的に細田演出ってすごくクールで理知的なんだけど、ときたま過剰さを前面に出す演出が混ざってくる。

漫画のNHKにようこそ!に似てるかなと思ったんだけど、むしろカレイドスターかな。1期後半での鉄球を跳ね返す特訓とかどう考えてもギャグなのに、佐藤順一の演出パワーで否応なくドラマに引き込まれる。2期でのレオンの空気椅子とか、観てる時は全然突っ込む気にならなくて、ネットで他の人の感想観ておかしいことに気づいたな。確かアニメスタイルのカレイドスターイベントは細田守来てたと思う。影響があってもおかしくはない。

サトジュン作品ではそういう演出が一番見られるのがストレンジドーン。作品中で展開されてるドラマ=感情のやりとりと、二頭身のキャラクターたちのビジュアルや女子高生二人の行動が乖離しててすっごい違和感あるけど、でも受け手がついていけるギリギリのラインできちんとドラマが展開していって終わる、不思議な余韻のある作品だった。面白いか、といわれるとちょっと違うんで人には薦められないという、サトジュン作品では数少ないタイプ。

細田守本人がいくつかインタビュー読んでるといろいろコンプレックス抱えがちな人っぽいので、ああいう素直な過剰さに憧れでもあるんじゃないのかな。というのは少し勘繰りすぎかな。




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2009.09.05 | Comments(0) | Trackback(0) | アニメ・アニメーション

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