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水曜日分

あの後何も書かなかったけども、湯川・朝永展は無事に終了。
この企画は京大から始まって色々な大学が持ち回りでやっていたそうで、どうやら金大で最後になるらしい。
足かけ二年やっていたのも湯川と朝永の生年日が一年ずれているからだそうな。
他に民間の施設で少しやるそうだけど、大学が中心となるのはウチが最後。

この規模の資料が集まるのは当分無いそうなので、そういう意味では参加できて良かった。

全然書いてないけど、先週の水・木と二晩かけて、湯川・朝永先生に実際にあった方(物理の人)の話を聞いた。
朝永の家はどんどんモノを捨てる家だったらしく資料がそれ程残ってるわけではないそうだけど、大して湯川は「研究したことはきちんと形として残しておかないと意味が無い」というスタンスだったそうなのでかなり資料が残っている。本人もメモを相当残していて、研究室での毎日のミーティングの議題や参加者、果ては質問者・質問事項まで残っているそうな。

あと、どちらも物理ばかりやっていたため、元々戦争にはさほど興味は無かったらしい。どちらも軍事研究には携わっているし。

朝永は東京大空襲に遭い家族ともども逃げ惑い、戦後も燃え残った施設に家族ともども住み込んでそこに研究室を作った。
珍しいことではないようで、戦後4~5年は構内でそういう人を見かけたという。

湯川は末の弟が戦争で亡くなった。戦中はその知らせを受けることはなく、戦後になって帰ってきた他の兵隊に聞いたそうだ。

こうしたことが戦争反対に力を注ぐきっかけになったのだろう、と話していた。

元々戦争反対の立場だと思っていたので驚いた。
時代の雰囲気に取り込まれていたということだろうか。

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2007.12.27 | Comments(0) | Trackback(0) | 日々のつれづれ

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